論文レビュー:世界に羽ばたく日本のお茶

ライフハック

今回紹介する論文は、公益社団法人日本表面真空学会から発行されている『表面と真空』に投稿されている論文です。この学会は、表面と真空に関する科学・技術とその応用についての研究発表、知識の交換、表面科学・真空科学の進歩と人材育成、一般社会への普及・利用促進を図り、もって我が国の学術、産業及び社会の発展と公益の増進に貢献することを目的としています。

世界に羽ばたく日本のお茶

https://www.jstage.jst.go.jp/article/vss/62/5/62_20180341/_pdf/-char/ja

目次

背景

日本産茶の輸出が急速に拡大している。平成の初期には数億円であったものが,現在は 150 億円を超える勢いである。茶業発祥の地中国や新興国のベトナ
ム及び紅茶生産国のインド,ケニアなどで緑茶生産が拡大する中で,コスト高になりがちな日本産茶の輸出が拡大できるのも,日本製品への信頼感だけでなく,日本産茶の品質や文化が海外でも受け入れられつつあるためと考えられる。

茶生産に関わる技術や喫茶文化は,栄西(1141 ~1215)ら僧や留学生によって中国からもたらされた。この時,先人達は中国の文化をそのまま踏襲するのではなく,日本風にアレンジし続け,中国とは異なる緑茶や茶文化を形成してきた。なかでも「茶道」は,栽培技術(農業)から,加工技術(食品産業),茶器製造(工芸),茶室(建築・造園)から懐石(調理),野点(観光)まで包括した日本独自の総合文化といえるかもしれない。Table 1 は,日本茶の技術開発の
歴史をまとめたものである。

日本茶開発の歴史

抹茶における技術革新

抹茶の起源は,平安末期に中国から禅僧が伝えた喫茶法とされる。当時は,乾燥した茶葉を薬研などで粉末化し,湯にといて飲む飲料であった。室町から安土桃山時代には,良質の抹茶を製造するに際して,あらかじめ茶樹の受ける日光を防ぐための覆いをすることが始まった。また,粉末化するための石臼も独自に進歩し,抹茶専用の茶臼が開発された。千利休が茶道を体系化させたのもこの頃である。

抹茶は被覆栽培された茶の新芽を手で摘み,蒸した後,乾燥し,乾燥葉(てん茶と呼ばれる)を茶臼で挽いたものである。乾燥工程は手作業のため効率が悪かっ
た。大正期になって,てん茶機(てん茶炉とも呼ばれる)といわれる専用の乾燥機が宇治の茶生産者堀井長治郎の手で開発され,現在も抹茶の生産には必須の機械として使われている。

煎茶における技術革新

抹茶が富裕層の茶会などに用いられたのに対して,庶民の茶はヤマチャといわれる自生の茶を,煮たり,蒸したり,釜でいったりした後に天日干しする簡単なものであったと推定される。

ヤマチャは日本茶のルーツとされており、書籍も発売されている。

17 世紀後半,宇治田原の永谷宗円は,現在の煎茶につながる,蒸した若い芽を加温した和紙の上で揉みながら乾かす製造法を開発した。江戸末期の開国以来,茶の海外輸出需要が急増し,これにともない品質のそろった緑茶の製造がもとめられた。品質の規格化のため,永谷らの製法から発展した製茶技術が全国展開した。ただし,当時の製茶法は,「手揉み」といい,蒸した茶葉を,加温した和紙の上で揉みながら乾燥する方法であり,1 人の人が 1 日で処理できる量は数キログラム程度と限られていた。

明治期に入り,最も早く機械化が試みられた農産物が茶である。特許 150 号は発明家の高林謙三が手揉みに代わる機械製茶を目指して取得したものである。現在では一度に 250 kg 程度の生葉を処理できる製造ラインまで実用化されている。

明治期にいたるまで茶樹の新芽を手摘みして,これを揉んで煎茶を生産した。手摘みには作業量に限界があるため,生産の拡大には,摘採のための道具や機械の導入が必要とされた。手バサミの利用から,動力摘採
機の導入,そして現在は乗用型摘採機へと移行しつつある。手摘みの場合は 1 時間でせいぜい数キログラム程度の収穫であるが,大型の乗用型摘採機を用いると 1 時間で 300 kg の摘採が可能となっている。

一方で安定的に高品質の茶を生産するには,品種の力も重要である。篤農家の杉山彦三郎は,現在でも主要品種のひとつである「やぶきた」を育成した。

やぶきたは、在来種の実生中から選抜した茶樹の品種。品質は煎茶として極めて良好で、香りは控えめだが甘みと渋味のバランスが良い。

「やぶきた」の名は、静岡県有渡郡有度村(1896年安倍郡に変更、現静岡市駿河区)の篤農家杉山彦三郎(1857 – 1941年)が、1908年(明治41年)、自己が所有する竹やぶを切り開いた茶園(現駿河区中吉田41番付近)茶樹から優良品種を選抜し、北側からのものを「やぶきた」、南側からのものを「やぶみなみ」と名付けたことからと言われている。

やぶきた

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%84%E3%81%B6%E3%81%8D%E3%81%9F
やぶきた

現在では国産茶のほとんどは品種化された茶園で生産されている。茶は挿し木によって増殖するので,同一品種の茶園であれば,遺伝的に均質である。従って,新芽が伸びる時期もそろっており,機械で一斉に摘採するには都合がよい。

公設の研究機関の特筆すべき成果のひとつとして,京都府立茶業研究所(旧農事試験場が改組)の酒戸弥二郎による茶特有のアミノ酸「テアニン」の発見(1950)があげられる。

日本茶における新しい技術

現在,ペットボトルなどの緑茶飲量は年間約 300万 kL生産されている。茶系飲料は,1980 年伊藤園が缶入り烏龍茶飲量を販売したのが最初である。その後,缶やペットボトル飲料に関わる技術革新は公設機関との連携の
もと民間主導で実施された。さらに,2014 年キリンでは独自技術によるデカフェ緑茶を開発・販売するなど,日々技術革新をともなう競争が続いている。

健康飲料としての緑茶のイメージはかなり定着しつつある。こうした機能性研究に関しては,農水省野菜・茶業試験場(現農研機構)の津志田藤二郎らが 1986 年に茶葉中の GABA(γ-アミノ酪酸)を増加させる技術を開発し,1987 年頃から血圧降下作用が期待される「ギャバロン茶」として民間での商品販売がなされた。なおギャバロン茶の血圧降下作用に関する研究は大妻女子大学の大森正司らが担当した。ギャバロン茶の販売当時は,特定保健用食品制度が発足する以前であり,農産物の機能性成分を有効利用して,健康維持に貢献しようという研究開発の先駆けといえる。

体脂肪を減らす助けをするカテキン

茶の機能性成分というとカテキンが重要である。1991 年には静岡市において,
国際茶研究シンポジウムが開催された。当時は国際的に流通しているのは紅茶がほとんどであったが,カテキンなどの緑茶成分に健康機能にかかわる作用があることを世界に発信できたことが,今日の国際的な緑茶生産の拡大につながっているものと評価される。ちなみに茶カテキンに関する英語論文は 1990 年には数十報であったものが,2015 年には千報に迫るなど機能性成分として国
際的関心を集めている。こうした中で,カテキン濃度を高めた茶飲料については体脂肪を減らすのを助ける特定保健用食品などとして複数の食品メーカーから販売されている。

花粉症にもカテキン効果あり

農研機構の山本万里らは,産学官の共同研究の結果,紅茶向けに日本で育成された「べにふうき」という品種に花粉症を抑える作用を見いだし,機能性成分としてメチル化カテキンを同定した。現在,べにふうき緑茶は機能性表示食品として販売されている。

日本茶の直面する技術的課題

抹茶

抹茶は粒径 10 µm 以下の微粒子である。粉末化する前のてん茶の形で流通できれば,比較的安定であるが,個人で茶臼を持つことは難しいため,先述のように,あらかじめ粉末化した抹茶が流通している。抹茶は,保存条件が悪いときわめて品質劣化をおこしやすいので,茶販売店等でも,リーフ状の茶は室温で陳列するのに対して,抹茶は缶に詰めた上,冷蔵庫に保管している。ただし,家庭などで一旦開封すると,酸素や湿気の影響により劣化が始まる。保存技術の開発がさらなる需要拡大につながるものと期待される。
また抹茶は非常に微細なパウダーなので,湯を加えると「だま」になりやすい。高級な抹茶であっても,マグカップとスプーンしかなければ,本来の香味を楽しむことはできない。凍結乾燥したインスタント抹茶も開発されてはいるが,香味は本来の抹茶には及ばない。湯に加えるだけで簡単に抹茶本来の風味が楽しめる加工法の開発も興味深い。

インスタント抹茶 伊藤園 おーいお茶

インスタント抹茶 業務用 玄米茶 

インスタント抹茶 辻利 さらっととける抹茶 

一方で,抹茶は鮮やかな緑色が特徴であり,抹茶入りの菓子類にも,抹茶の風味とともに天然の緑が期待される。抹茶の緑色はクロロフィルに由来し,クロロフィルは光によって退色しやすいため,最高級の抹茶を使ってケーキを焼いたとしても,販売店では明るいショーケースの中に陳列できない。緑色の安定化や退色させない陳列法の開発が求められる。

ヨックモック YOKUMOKU シガール オゥ マッチャ (抹茶)

伊藤久右衛門 宇治抹茶 ガトーショコラ

煎茶

煎茶についても,窒素充填された茶袋に詰めて流通・販売されている。茶袋はアルミニウム蒸着されているため,中身が見えない。煎茶は外観を見ればおおよその質を判断できるにもかかわらず,消費者にとってはパッケージに記載された情報しか商品選択の根拠がない。保存性がよくて中身の見える包装技術の開発や消費者にどんな味の茶なのか伝えられるような品質の評価・表示方法が求められる。

京都 祇園北川半兵衛 煎茶

ティーバッグ,ペットボトル等飲料や,食品素材としての粉末茶利用など新たな用途が広がっている。そうした需要の多用途化の中で,生産工程が硬直化している印象が否めない。緑茶は基本的には,茶園から集めた茶葉をそのまま乾燥したものである。用途によっては,現在の製茶方法にこだわる必要はない。近年は,紅茶製造用の機械を用いた CTC(Crush,Tear,Curl)緑茶への取り組みも始
まっているが,目的とする品質を満たす茶を効率的に製造できる技術の開発が待たれる。

まとめ

茶の奥深さに関心を持たれた読者の中から,新しい時代の「茶」の創造に関わる発明・発見が生まれればと期待する。

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